「非政府有志によるエネルギー基本計画」は、第7次エネルギー基本計画(2025年2月18日閣議決定)の策定過程に対し、特定の組織や資金に依存せず、実証的な観察・分析と政策提言を提示することを目的として、2024年2月に初版を公表した。その後の議論とデータ更新を反映しつつ、第4版(2024年6月14日公表)、第5版(2025年6月17日公表)、第6版(2025年9月6日公表)までの改訂を重ね、このたび情報の拡充と更新により第7版を公表する運びとなった。本計画の分析枠組みと政策提言の基本方向は、その後の国内外の動向によっても大きく揺らいではいないが、ここでは第4版以降およそ2年の間に生じた国内外の変化を概括しておきたい。
まず国内である。政府は2025年2月18日、「第7次エネルギー基本計画」および改定「地球温暖化対策計画」を閣議決定し、同時に2013年度比で2035年度▲60%、2040年度▲73%という「野心的な」温室効果ガス排出削減目標(いわゆる次期NDC)を、国連気候変動枠組条約事務局に提出した。さらに2040年時点の電源構成について、再生可能エネルギー(再エネ)を4–5割とする目安が示された。前回策定の第6次エネ基(2021年10月)では、いわゆる3E+S(エネルギー安定供給、経済効率性、環境、そして安全性)のうち、もっぱらCO2削減(環境のE)に重点が置かれてきた。第7次エネ基の策定でも審議会などの公式の場においてほとんど意味ある議論がされることなく、脱炭素偏重という第6次基本計画以来のエネルギー政策の路線が踏襲された。
対照的に、国際情勢は大きく変化している。2024年11月の米国大統領選挙ではトランプ氏が復帰し、「エネルギードミナンス(優勢)」を掲げて化石燃料開発規制を大幅に緩和するとともに、パリ協定からの再離脱を正式に表明した。さらに2025年には、米連邦議会において再エネ・EV向け税額控除の大幅縮小が進められ、バイデン前政権下で成立したインフレ抑制法(IRA)は事実上廃止になる見通しである。加えて2026年2月、米環境保護庁(EPA)は、CO2など温室効果ガスが公衆衛生と福祉に危険を及ぼすとした2009年の「危険性認定(Endangerment Finding)」を撤回した。これは、米国の温暖化規制の法的基盤そのものを覆す歴史的転換である。こうした動きは、日本で2023年5月に成立した「GX推進法」(正式名称「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」)の廃止にも等しい。
欧州でも、ネットゼロ政策に対する政治的反発が急速に拡大している。英国では、野党保守党のケミ・ベーデノック党首が「2050年ネットゼロは実現不可能であり、家計と産業競争力を損なう」と批判し、達成期限の見直しを正式に提起した。さらに同党内では、ネットゼロ政策が中国製太陽光パネルへの依存を強め、エネルギー安全保障を損なっているとの批判も強まっている。ドイツでは、移民問題に加えて、光熱費高騰と産業空洞化への不満を背景に、脱炭素政策の見直しを訴えるAfD(ドイツのための選択肢)が第2党へと躍進し、連邦議会最大野党となった。グリーンイデオロギーによる光熱費の高騰による生活苦と産業空洞化への不満が、最も急進的にネットゼロ政策を実施してきた英独の政治地図すら塗り替えつつある。
だ日本経済は、長期にわたり抑制されてきた賃金がようやく上昇へと転じつつある。しかし、それを持続的な民需拡大へと結び付け、真のデフレ脱却を実現できるかどうかは、なお不透明である。こうした重要な局面にありながら、日本政府はこれまで四半世紀以上にわたり推進されてきた低炭素・脱炭素政策の弊害を省みることなく、合理的かつ実証的な根拠(エビデンス)を示すこともないままに、GXという虚構シナリオによって脱炭素政策をさらに強化しようとしている。慣性のついてしまった行政府は、戦後最大級の政策的失敗を抱え込んだまま、巨大な船のように方向転換が効かない。
2025年5月28日には、「GX推進法」の改正法が参議院本会議で可決・成立した。以後も、「規制・支援一体型」と称されるGX実行計画のもとで、複雑な制度設計と巨額の財政支出が拡大を続けている。しかしその結果として生じているのは、エネルギーコスト上昇と制度複雑化、そして新たな官製市場の形成である。その間にも、ウクライナ、中東、台湾を巡る安全保障環境は一段と緊迫化し、さらに2026年春のホルムズ海峡閉鎖を契機として、世界はエネルギー安全保障と経済安全保障を重視する方向へ大きく舵を切り始めた。にもかかわらず、日本では2026年4月からGX-ETS(フェーズ2)の本格導入が開始された。国際競争に直面する自国産業に対して追加的なエネルギー負担を課すこの政策は、産業政策および安全保障政策の両面からみて重大な戦略的誤りである。
こうした危機感のもと、我々有志は「非政府有志によるエネルギー基本計画」を提案する。これからのエネルギー政策は、脱炭素の理念先行ではなく、安全保障(強さ)と経済成長(豊かさ)を中核に据えなければならない。日本の停滞は、国民や企業の能力不足によるものではなく、長期にわたり蓄積してきた政策的失敗によってもたらされた側面が大きい。本提言が実現するまで、我々は改訂と検証を継続し、必要な情報発信を続けていく所存である。